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Denali

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カテゴリ:旅の世界観( 15 )

2007年 〜旅の日程&旅のこだわり〜

8月25日〜10月4日までネパール旅行の為、お休みさせて頂きます。
今回は、私の旅が始まってから「最大のこだわりの場所」になります。
単独では許可が下りないのでずっと夢見てた場所でしたが、
この度、大阪山の会西北ネパール登山隊に参加させて頂けることになりました。
登山隊の活動前半の「カンテガ峰(6160M)」に登り、「河口慧海師足跡」の再調査に参加します。

旅して11年目、私の最大の聖地へと辿りつきました。
毎年の長期休暇を頂けるのも皆様のお力添えのおかげです。
本当にありがとうございます。
尚、8月は月曜日の定休日のみでお盆も営業してます。
どうぞよろしくお願いします!


旅へのこだわり

1997年から年に一度旅に出るライフスタイルをやってきました。

1997年ベトナム戦争に衝撃を受け戦場カメラマン(石川文洋氏)により影響を受け旅が始まりました。
さまざまな事を旅で学び、その旅の延長線上で山と出会いました。
そして自我への復活、ヴィジョンへの導きに気付きました。

その詳しい流れは、カテゴリーの中で書いてる未知踏進(みちぶしん)、VISION、自然治癒力を見てください。
更に詳しくは、新風舎のノンフィクション部門で奨励賞を頂いた作品に書いてます。
そちらの方は、興味のある方に注文頂いてから販売してます。
尚、私自信で作ってますので、冊子のような感じで¥1000頂いてます。
あるいは、MERCURYの方で置いてますので待ち時間などで読んでみて下さい。

今回の旅の最大の聖地というのは、

およそ100年前仏教の原点を求めて日本人として初めてヒマラヤに入り、当時は禁断の地であったチベットに入国した、大阪堺市出身の僧侶、河口慧海師という人物の足跡にあります。

2002年、私は初めてのネパールトレッキングにより自分の中で自然治癒力に目覚めた。
そして、帰国後すぐチベットとネパールとの関連を調べていたところ、河口慧海師に出会う。
慧海師も私と同じリュウマチだったのだ。
100年前?今でも完治しないと言われ薬もないのに、、、ネパールからヒマラヤを超えてチベット?へ?今みたいな装備もないだろうし、、、想像を絶する世界だった。
私も同じ道を歩きたい、自分の足でヒマラヤを超えたいと思ったのがはじまりだった。
しかし、調べるにつれてその道は明らかにされてないし、一般的に入れる範囲ではなかった。
そこで私は、自分なりに調べて個人的に行ける範囲内で旅をしてみた。

2003年、チベット側へ、ラサからカイラス巡礼へ(三大宗教の最大聖地の山)
ルート的には逆だったが、ネパール側からヒマラヤを超える峠はこの時点では明らかにされてなかった。

2004年、ネパール側へ ジョムソン街道ムクチナートへのトレッキング
慧海師の記念館、部屋などがあり、一般許可で行ける範囲内ぎりぎりのカグベニまで行く。

同じく2004年に、日本山岳会100周年記念および関西支部70周年記念としてに西チベット登山隊により慧海師足跡調査が行われた。

そして、登山隊が帰国直後、慧海師自筆の日記が発見されたのだ。

日記が発見されたことによって今までわからなかったチベット入国の核心部が、ヒマラヤ超えの謎を解くカギが含まれていた。

詳しくは、河口慧海日記
     ヒマラヤ/チベットの旅
     奥山直司編
     講談社学術文庫      
 
なんという絶妙なタイミングだ、、私は一人興奮していた。
いつか行ってみたいな、、でも一般許可では行けないし、ツアーでもありえないし、、無理だろうな。。夢のまた夢の世界だった。
夢ってのは、叶わないくらいがいいのだ、とか思ったこともあったが、、

それが、今年2007年春、民族学という本を読んでその時の思いが蘇ったのだ。
河口慧海プロジェクト特集だった。

やはり凄い世界だ、、読めば読むほど行きたくなった、、
よし、もう一度調べてみよう、状況が変わったかもしれない。
秘かな思いで動き出した。
しかし、やはり単独では、一般的には行ける範囲ではなかった。
うーーーーーーーーーーんんんん、どうしようか、やっぱり夢の世界だな、私には。
いつか行ける時が来るまで待とうと思った、その時はいつかわからなかったけど、待とうと思った。
そして、もう、旅として行くならこの土地しかないと思っていた。
その土地以外には考えられなかったからだ。
去年で旅して10年、毎年色んな思いがあっての旅、旅には妥協は許されない。
100%以上ないと行かない、99%ではダメなのだ。
それがないなら、旅には行かない。
今年は休憩しようか、とも考えていた。
私には、この土地以上の場所は存在しなかったからである。

思いが強くなると相手に伝えたくなる癖があるみたいで、、
今回もまた登山隊長さんに連絡したいと思ったのがはじまりだった。
すると自分のブログにこのような事を書いていたら、ある人からレスを頂いて幸運にも連絡先を教えてもらえた。
そしてすぐさまメールをして返事を頂き、御会いするチャンスを頂いたのだ。

隊長さんは、こんな私を受け入れてくれた。
現代の探検家、現代の河口慧海だった。

そして今年の西北ネパール登山隊に突然参加させてもらえることになったのだ。

心より感謝を伝えたい、ほんとにありがとうございます!
by talkeetna6194 | 2007-07-19 19:07 | 旅の世界観

西堀栄三郎記念館

連休二日目~

普段は月曜日休みだからここは開いてない。。
連休二日目火曜日なので、以前から行きたかった西堀栄三郎記念館

西堀榮三郎氏とは、、

地球の果てへの地理的探検は、南極から世界の屋根、ヒマラヤの高峰にまで足跡を残しており、探検界のリーダーでした。そればかりか、科学者・技術者として自ら製造にも携わり、品質管理、原子力、海洋と、いずれの分野においても探検的精神を貫ぬき、教育者・哲学者でもあったと評価されています。

西堀は常に「体験による生きた知識」を得ようと努力した人でもありました。『応用が利く、本当に役に立つ知識は、おっくうがってじっとしていては得られない。必ずそこへ足を運び、自分の手で触り、目で見て、匂いを嗅いだり時に味わったりして、初めて自分のものになる

西堀栄三郎記念館_e0111396_0231440.jpg


南極体験~
ちょっと遊園地みたいやったけど、、、マイナス25℃くらいかな?

西堀栄三郎記念館_e0111396_0304335.jpg


2階には、あらゆる探検家が勢ぞろい~

西堀栄三郎記念館_e0111396_032595.jpg


実際に使ってたらしい~
西堀栄三郎記念館_e0111396_03311100.jpg

by talkeetna6194 | 2007-06-22 00:38 | 旅の世界観

現代の探検家

今日、偉大な探検家、大西保さんにお会い出来た!

もう、凄いとしかいいようがない、、

私の大好きな西北ネパールを研究されている。

http://www.showa-p.co.jp/oac/japanese/2004dolpo/2004dolpo_jindex.html

日本もそうだけど、海外での評価も素晴らしい。
旅の最大のこだわり、河口慧海さんの足跡を研究され、明らかにされた方なのである。

河口 慧海
慶応2年1月12日(1866年2月26日) - 1945年(昭和20年)2月24日)は、黄檗宗の僧(晩年は還俗)、仏教学者にして探検家。 大阪府堺市生まれ、幼名を定次郎という。1890年に黄檗宗の寺で出家する。
中国や日本に伝承された漢訳仏典に疑問をおぼえたことが発端となって、インドの仏典の原初形態をとどめているというチベット語訳の大蔵経を入手しようとして、日本人で初めて西蔵への入境を果たした。


お会い出来るチャンスを助けてくれたSさんにも感謝!

私のようなものにも親切にして頂き、しかも朝から行って夕方近くまでずっと喋ってた。。。
地図を広げて旅の説明には、感激した。
一番驚いたのは、、地図上に引かれた無数の線はすべて歩いたと。。
西北ネパールをきっと世界で一番把握されてる方だと思った。

家にお邪魔させてもらったのだが、、本棚が、、、凄すぎた。。。
凄い古い本達が並びまくってた。。
図書館よりも貴重な本棚だった。

もうなんて言ったらいいかわからないくらい感激した。
私の夢の場所を知り尽くしてる方なのだ。

こんな偉大な事をされてるのに、サラリと色々教えてくれた。
メディアには興味がなく、かっこよすぎた、、、

現代の偉大な探検家だと思った。

この石は、西北ネパール、ドルポのティンキューより
頂きました~宝物~!

現代の探検家_e0111396_195856.jpg


自分の足で歩きたい。。。

大西さんのブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/typhoondolpo/diaryall
by talkeetna6194 | 2007-05-29 01:26 | 旅の世界観

アラスカ〜日本〜そして千早

ちょっと前に友達と南東アラスカと日本の繋がりを話をしていた。

ボブサム、アラスカ先住民族クリンギットインディアンである。
ボブの直感は、縄文時代から日本に生きた人々と南東アラスカの先住民族が数千年前の昔、海を超えて繋がっていたことを意味すると。。。

そして、星野道夫の『旅する木』に色々書いてるよって、教えてくれた。
だいぶ前に読んだ本だった。
私が以前アラスカに行ったのは、植村直己の足跡を辿っての旅だった。
星野道夫の存在は知っていた、そして好きだった。
でも、1つの事しか頭に入らない私は植村直己でいっぱいだった。
でも、一冊だけ星野道夫の本を持っていった。
アラスカではその星野道夫の世界が広がっていた、感じずにはいられなかった。
そして帰国後、全部本を読みあらし、写真集も買い、その世界にどっぶりはまった頃があった。
それから6年は過ぎる今またその記憶が思いがまた蘇りそうだ。

その本には、日本の難破船の一部がアラスカへと流れついた公式の記録が書いてあった。

そして、はっと驚いたのは、それは1839年前後だった。

あれ、、、これって、、、
私は、最近千早の高野豆腐の起源についてを読んでいたからだ。

高野豆腐
1830年、高野山から和泉山脈の北斜面、そして千早の池の川、大住谷細尾谷へと移ってきたようである。

なんだこれ、また、リンクしていくんですけど、、、

私は一人また興奮するのである。。。。。
うわ、また、きたと思ってしまった〜^^

で、まだ、ある、

ネパールからヒマラヤを超えてチベットに最初に入った、密入国した日本人。
河口慧海(1866年2月26日 - 1945年2月24日)
ちなみにネパール、チベットで、私はこの人の足跡を辿った旅をした事がある。

そっかー、私は1900年前後が好きみたい。
なんだ、このおちは、、って感じやけど、、自分の中でまたリンクした〜^^

私の旅は1つの完結を終えたけど、まだまだ私の中で旅してます〜
by talkeetna6194 | 2007-03-18 13:49 | 旅の世界観

旅の友

旅の友は、突然やってくる。

「今、あいてますか?」

彼は今、中国を拠点にしてるアジアプレス所属/フリージャーナリスト。
4年前、チベット・ラサで出会った。

私はその頃、カイラスを目指してラサに入ったとこだった。
彼は、日本から船で大陸に入り、陸路でラサに入り、カイラスを巡礼した後だった。
その時は入れ違いで少ししか喋ってないが、とても縁があって今でも連絡をとっている。

いつもいい風を運んできてくる

映画を見た感想、何かで刺激を受けた時、帰国の報告、出発する前などなど
いつも突然やってくる。

そして興奮してる心が手にとるように伝わってくる。

今日もまた目が輝いていた〜

ハングリー精神が素敵だね
これからの活躍を期待したい人物だ。

彼のブログ

http://alchi.exblog.jp
by talkeetna6194 | 2007-03-04 01:33 | 旅の世界観
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