Denali

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4年ぶりのリウマチ日記

2017年 4月7日 
リウマチテスト100%!! 合格!と、先生が言われた。
久々の寛解に突入したと思われる。

今、電子書籍を書き始めている。
いつか本にしたいと思い、まずは書こうと決めた。
でも、その前にリウマチ日記を更新しとかなと思ってみたら、4年ぶりの更新になる。

再発していたのは、3年弱前になる。

長いので、興味のある方は読んでください。
自分への記録です。
そして、同じリウマチの病気を持ってる方へ、

今後、もっとわかりやすいように書きたいと思っている。
ちなみにリウマチ歴は、もうすぐ27年目に突入する。
寛解と再発の繰り返しで3度目の寛解です。
今回の寛解にいたるまでの流れを記録して残しておきたい。
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2014年11月父が突然肺癌が見つかり闘病生活が始まった。
同時に私はショックで心をやられて、それまで安定していたリウマチの調子が悪くなり、痛みが全く引かなくなり再発した。
ほんとにリウマチってのは、心が落ちたらそのまま持っていかれる、私の場合は再発する。
以前にも同じことがあった(2008年友達の山での死)だから分かっていたし仕方ないと思っていた。
あの時は、一年間、山に行けなかった。
今回は父が癌なんだよ、凹むだろう、当たり前だ、だから再発したのは受け止めていた。
数値も悪いまんまで、膝に足首に痛みが全く取れない、特に足首が痛くては階段の上り下りさえ激痛だった。
2015年5月に父が他界し、闘病生活から半年で逝ってしまった、早すぎて信じられなかった。
ただ一つ、最後になると思っていなかった最後の夜、病院で家族全員で過ごせた事、最後の一呼吸まで見届けれた事が良かった。
無口で、痛いと一言も言わなかった父は、静かに眠るように逝った。
ショックで、母もリウマチになり、これで家族全員リウマチになってしまった。
姉もそう、出産と同時になっていてもう何年だ?、ちなみに私が一番早く発病してベテラン選手^^。
痛みにはもう慣れてしまっていて、痛いのが当たり前生活だったが、落ち着いた頃、
そろそろ山に行こうかなぁ、行きたいな。。。

しかし、やっぱり痛い、当たり前か、日常生活ですら痛いのにっ、さてとどうしょっかなーと呑気にいた。
もう、何度も再発してるから慣れっこになっているんだが、やっぱ痛いのはイヤだろう。
山に行きたいし、、私にはきっかけが必要だ。
となると、やっぱり、ネパール、ヒマラヤ、ドルポ、だよな、最初に自然治癒力を教えてくれたのがヒマラヤトレッキングだったから(2002年)
5000m以上の世界に行きたい、2ヶ月間その世界に入れるのは、Dolpoしかない。
Dolpoは、平均高度4000mラインに村が点在する、低くても富士山ぐらい。
峠は、5000m前後がゴロゴロしてる、私の大好きな世界だ。
リウマチには、高地トレッキングのパンチが効くと私は勝手に思っている。
父が癌になってから、毎日が心の底から笑えなくなっていた、春なのに春じゃなかった。
今度、家族に何かがあったら山に行けないと思って、今やりたい事をやりたいと思った。
そして、やるなら、慧海ルートだろう。
バラサーブ達がいなくなった今、色んな意味でDolpoが大きく変わってきてる。
これからどんどん人が入ってくるだろう、そうなる前にもう一度改めて静かに慧海ルートを歩きたい。
慧海もリウマチだったんだから、今、痛いし、ちょうどよい、ってまた呑気なこと思っていた。

慧海の時代には、今みたいな薬がないんだ、装備も重いし、服も全く違う。
想像を絶する世界だったと思う、これはリウマチの人にしか分からないだろう。
誰もそこを書き出してなかった、だって、分からないから。
そりゃそうだ、健全な体を持ってる人には分からない、仕方ない。
昔は、分かってほしいと思っていたが、それは無理だと知って、でも、努力してくれた人はいた、有り難かった。
どれだけの痛み中、ヒマラヤ横断したのか!?
どれだけの体が固まっている中、ヒマラヤ横断したのか?!
痛い時は、お経を読み上げるとか呟いてたけど・・・。
痛い時はお灸をするなど、書いてあったけどね。
それが激痛なんだよ、サラッと書いてるだけだから普通分からない、でも私にはわかる。
同じリウマチだから。

痛みは全く引かなかかった。
ちょっと焦ってきて、これはヤバイと思い出した。
一番やりたいルートでは、2ヶ月を要する。
行くなら思いっきり行きたい、妥協はしたくない。
でも、足が痛い・・・どうするか・・・。
ルートを短くするか・・・、それは嫌だよねー、絶対妥協だけはしたくない。

以前、再発してからの激痛の中、最新治療を受けた事がある。
それが、嘘みたいに一発で効いた、怖いぐらいだった。
生物学的製剤という、点滴を打つんだ。
レミケードを打った、最初は一泊の入院をしていたが、今では日帰りで出来る。

そうだ、あの治療をまたやろう。。。
レミケードは、1〜2ヶ月に一度3時間ほどの点滴。
2ヶ月間ほっとけるやん、ってことで、私はこれを選んだのだ。
副作用はあるが、私の場合は大丈夫だった。
それを2年ほど打ち、その後安定してやめた、それから2年が経っていた。

すると、、、レミケードはもう受けれないと言われた。
間があいたから、アレルギー反応が出る場合があるからと。。
でも、今は同じような点滴で違う種類が沢山開発されている。

で、勧められたのは、・・・。
日本で開発されたもの、しかも偶然にも私が通っている院長先生が開発した薬だった。
担当医とそれにしようと決めた時、院長先生が心配して隣の部屋から顔を出してくれた。
そして、説明してくれた。

要するに、ドクターストップだ。
病院のないところに、しかもヒマラヤ?!2ヶ月半も!?
ありえない、考えなおして下さいと、言われた。

えーーーーなんでなん?!5年前も3ヶ月ヒマラヤ行った時は、レミケード打っていったやん!
って思ったけど、ルールが変わったようだ。
そして、説明をちゃんと聞いたら納得した。

リウマチとは、免疫異常の病気で正常に働かない。
私の場合は、関節の骨をやっつけてしまう。
治療法として、免疫機能を抑制することで炎症を抑え関節破壊の進行を抑制する。
と、同時に他の機能も落としてしまう。
ってことで、抗ガン剤なのだ。
この抗ガン剤をもう何年も飲んでいるんだよ、それの方が恐ろしく思った。
少量らしいが、でも抗ガン剤、少量なら治療に効くという。
免疫を抑えてるということで、風邪引きやすい、感染症にかかりやすいなどがある。

父も抗ガン剤治療をやった、その時かなり色んな機能が落ちて行くのも数値で見た。
だから色んな事調べた。
それを自分がずっと飲み続けてるなんて思いもしなかった。

医者が飲めと言われたら飲むだろう、、、でも、私は正直医者を信用してない。
信用しなくなって、何年かな、10年はたつだろう。
医者に自分の人生、預けれない。
本気で患者と向き合ってる人、どれだけいるのだろう?
本気で治そうと思ってる先生、どれだけいるのだろう?
親身になって話聞いてるくれた人、なかなかいなかった。(今、?人目発見して通ってる)
いくら医者だと言っても人間やん、同じやん、話したら、人間見えてくるよ。
目をみたらわかるよね、目の奥を見たら。
なかなかいなかったね、本気の先生。
だから先生と揉めたこともある、痛いところ突っ込んだからだろう。
わかってない、全くわかってない先生アホほどいる。
以前、行くところなくて、東洋医学で漢方のみで治療してた時期もあった。
しかし、その時の先生は、もうあなたの今の状況では漢方では追いつかない。
今を抑えないとどんどん悪くなる、変形が進む。
漢方もいいけど、ゆっくりなんだ、今の病気の速度には追いつかない。
だから、ここには二度とくるな! と言われた女性の先生がいた。
わかったか? そして、あの病院には絶対行くな、ちゃんと心から見てくれる先生を探しなさいと。
私は、この人が本物だと思った。
これ以上書いたら愚痴になるから、そろそろ終わりにする。

生物学的製剤の治療が出来ないと言われてショックだったが、それが逆に教えてくれた。

それは、西洋医学に頼りきっていた自分に気付いたんだ。
そっか、そっか、忘れていた。
久々の激痛が嫌になり、一瞬にして消してくれと思った自分が間違っていたのだ。
自然治癒力、肝心な事、忘れていた。
そもそも、私が山にはまった理由は、ネパールでヒマラヤトレッキンブ中に自然地癒力に気付きをみたからである。
こういう表現の時は、必ずヒマラヤの大地の意味で、地に変える。

それで久々に東洋医学を調べた、検索したら出てくる出てくる、怪しいところいっぱい、笑。
昔はなかったよなーって思いながら、一つ気になる鍼灸治療があった、しかもリウマチ専門、そして大阪。
HPを読んだらいいなぁと思ってすぐ予約して行った。
出発3ヶ月前だった。

生物学的製剤の治療をして長期で海外には出れない、出ようと思えば出来るが、
かなりのリスクがいる、それは2ヶ月のヒマラヤ生活では無理。
ってことだから、私は、その治療はやらないと決めた。
やらなければネパールに行けるっしょっていう、私は単純な答えを出した。
ヒマラヤに行かない選択肢は、私には全くなかったのだ。
先生は、その間に変形が進行する、この先歩けなくなるのが早くくる、10年後かもしれないって。
もっとしっかり考えなさい、目先の事だけじゃダメだ、この先の人生まだ長いんだからっ言われた。
確かにそうなんだけど、、、それはもう24歳の時に考えて思ったんだ。
もう変形してるんだけどなぁ〜〜と内心思っていた、笑。
あのベトナム戦場地跡を巡ってる時に決めたんだよ。
私は人生長いより、短くてもいい太く生きたいんだ。
今やりたいことをやりたい、今は一度しかない、60歳になってから山に行けなくなっても、今行けるなら、
それでいい、その時その時を精一杯生きたいんだ、妥協なんてしたくない。
有難い事、開発者の先生の目は、目の奥は、本気だった。

そして、担当医は、私のわがままを受け入れてくれた。
あなたには行かせてあげたいから、ぎりぎりまで治療をして、それで辞めていけばいいと言ってくれた。
きっとあなたなら大丈夫だろうとも言ってくれた。
でも、先生はみんな心配してるからと。
そして、私は、自己責任で行きますと応えた。

そうと決まれば、何がなんでも歩き通したい。
鍼灸治療にも通い、生物学製剤もギリギリまでやり、山にも行った。
鍼灸のおかげで、心も体も落ち着いてきたけど、まだ痛みは引かなかった。
出発前のアルプス縦走は、足首が痛すぎて、1日早めに下山したぐらいに。
めっちゃ不安だった、でも、行かない理由は全くなかった。
どうしたら行けるか?そればかり、それだけを考えていた。
でも遠征の相方の友達にも迷惑をかけることになるかもしれない・・・。
正直に伝えたが、友達は全然OKだった、心配はしてくれていたが、マイナスな事は口には出さなかった。
それが一番大事な事だと思ってる、私は、マイナスな事は絶対口に出したくないからだ。
そうなってしまうから、絶対口に出さないように心かげている。
でも、ヘリを飛ばせる保険には入る、これはいつもしてるけど。
でも、衛生電話はもたなかった。
だから実際ヘリを飛ばすとなると電話が入る村まで歩かなければならない。
アッパードルポではそれがない、ロードルポまで最低でも何日か歩かなければならない。
でも、腹を決めていた、何があっても歩き通す。
そして歩けるはずだ、大好きなDolpoなのだから。
大地のエネルギーをふんだんにあるDolpoだ。
絶対大丈夫だと、不安は、ゼロにはならなかったが、なぜか楽観的な自分がいた。
前半は、慧海ルート、後半は、国境からのジョムソンまでどんなルートを取るか、何通りか考えた。
贅沢ルート、短縮ルート、エスケープルート。
2016年、4回目のDolpoでは、出来るだけ行ったことのないところへ行きいたい。

出発時も痛みはゼロにはならなかったが、マシにはなっていた。
妥協なしルートは、平面の地図上で500km以上となった。
最初の2週間、アッパームスタンでは、痛い中の歩きでスピードが全然出なかった。
でも、自分のペースを保ち続けた。
メンバーには伝えた、私を待たなくてもいいから、マイペースを保つから。
ガイドには、今回初めての人だったから説明したけど、理解出来てるかどうか、わからない。
高度にも慣れてきたのかちょうどムスタンが終わった頃、足も痛みがマシになってきた。
いよいよUpper Dolpoに入る、どうなるか?!
急登になるとやはり痛いが、もうこれは仕方ないと思って色んな角度を試した。
特に右足首が固まっているので、可動範囲が少なくて、痛みを抑える為にそれをまた登山靴で固める。
歩き方にも工夫がいる、たまにおかしい?って言われたけど、仕方ない。
毎日どこかが痛いが、以前のような痛みではない、そしてラッキーなのは、この痛みの中で朝の強張りが
全くなかったことだ。
毎日のテント設営・撤収。手が強張ると数時間使えないから全く何も出来なくなる。
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それが、なかったから有り難かった。
約60日間のルートで半分ぐらいたった時、Bちゃんが、香ちゃん、なんか行けそうやねって。
え??って思って聞いてみたら、もしかしてヘリを飛ばすかもしれんってちょっと思っててん、
もしそうなったらなった時やし、どうなるかわからんぐらいが楽しいなーって思ってた。
ってこの言葉に私は救われた、有り難かった、ほんとに。。。
で、二人で話あって、やっぱり贅沢ルートにいこうよ、めっちゃハードになるし、レストもなくなるけど、
やりたいよねって意気投合!
毎日、朝の7時過ぎにスタートして、夕方までどっぶり歩いた。
たまにヘッドランプになるときもあった、フラフラになるまで歩いた。
途中休憩は個々でとる、トイレか水飲むぐらい、あとはほぼなし、あるのはランチの30分だけ。
でも、私たちは凄い写真を撮る、人がいたら話かけるので、その時に休憩してるような感じになる。
そして、一番遅い私はほんとに、休憩なかった、笑うしかないってぐらいなかった。
よくもまーー、あんだけ歩けたもんだと、我ながら思う。
だから、今回の経験で、痛みがある中での歩き方を研究したようなもんだ、痛くても歩ける自信にも繋がった。
走ること、速さは無理だけど、ダブルストックさえあれば、なんとかなる。
一度、下りで飛ばして走ってみた、飛ばしてみたら追いつくけど、足の負担はやはり大きかった。
だから一回でやめて、マイペースで行くことにして、最後まで歩き通した。

58日目、最後の峠を登り詰める前、走馬灯のように過去のことが蘇り号泣してた。
ここ数年間、辛いことが多すぎたから。
関西のDolpoの大御所様が他界し、そして実の父までも亡くなった。
峠にたってジョムソンが見えたとき、顔がクチャクチャになるまで泣いた、涙が止まらんかった。
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ほぼレストなし、朝から晩まで歩き通して、500km〜、リウマチになって、こんなに歩き続けたことは初めてだった。
しかもDolpoの大地で、でも、私にはDolpoだから、歩けたと思う。
リウマチになったからこそ、今がある、これだけの出会いがあり、感動があり、歩けたと思ってる、
だから今、病気には本当に感謝している。

そして、カトマンズ到着して、次の日、Dolpoの魔法が解けた。
朝、目覚めたら激痛だ・・・、全身激痛に襲われた、、、両手が動かない、膝がガクガクになっている。
そして強烈な強張り、それは1日中収まることがなかった。
でも、バカな私は顔はにやけていた、相変わらず馬鹿やろうだなーって思いながら^^
やっぱり私にとってDolpoの大地のエネルギーは、半端ないって事が今回わかったから。
こうして身を持ってダイレクトにわかった。
もう10年以上前から言ってるけど、標高5000m以上の世界に私には、何かがある。
その何かが証明出来ないでいるけど、自分の体で今回再確認出来た事は、事実だ。
ただのアドレナリンだけではないと思う。
究極な場所で究極な事をしたら、人間の体は、もともと持ってる全ての力に目覚めるんだ。
それを現代の人間は、楽に生きれる便利な世界になってしまって、頑張らなくても生きていけるようになってしまったから、体が忘れてしまっている。
それを呼び起こす事が出来るのは自分だけ、自分次第なのだ。
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帰国して、すぐ仕事が始まり、両手はパンパンに腫れたまま、美容師営業開始した。
だって、家賃はらわなあかんから、笑。
引きこもってる暇なんて全くない。
このおかげで嫌でも動かなければならない。
手だけじゃない、体ごと、毎朝全身が固まっていた。
お〜この感覚懐かしいな〜20代前半はこれが何年も続いていた。
それを無理やり起こす、シャワーを浴びて温め準備体操?して、動かしていた。
普通なら夕方には治るが、夜になってもましになる程度。
寝たらまた全身が固まっている。
この繰り返しの2ヶ月。
そんな中でも、山行ったり、キャンプしたり、痛くても遊んでいた。
ほんと普通なら引きこもるだろう、でも、有難いことに引きこもりが出来ない性格なので遊んでいた。
そしてほんと有難いことに一緒に遊んでくれる友達がいる。
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生物学的療法の治療をすぐにでもやりたいぐらい痛かったけど、暫くしたら落ち着くだろうってことで年末まで飲み薬だけでいた。
しかし、無理だったー、笑、再開、悔しいけど・・・、痛すぎた、笑。
すると、やはり暫くすると劇的に効いてきた。
どのぐらいかって言ったら、アイスクライミングに行けたぐらい復活した。
1月のアイスでは、アックスが頭に落ちてきたけど・・・笑、2月の八ヶ岳・氷点下の車中泊でも、固まらずにいた、そして35m登れた。

そして、2017年4月7日、リウマチテスト100点満点!!と、先生が言ってくれた^^

なにそれ!?と思ったら、寛解突入だよ、って^^

えーーそうなんや、確かに日常生活では痛みがほぼない、山に行くと多少はあるけど、これぐらいは当たり前な世界。
自分でもその感覚は掴めていたけど、先生に言われてるとやっぱ嬉しい!
そして、今回めっちゃはっやい!! 

やっぱりヒマラヤ療法、抜群に効く、あのパンチがなければ、この変動はなかっただろう。
一度、自分の体を限界にまで落とし込む、そして這い上がった。
なかなかの人体実験だったが、今回もまたDolpoを歩ききることで復活した。
(2009年も同じくMugu~Dolpo横断(一ヶ月)により復活した)
何度でも這い上がってやろうと思ってたけど、久々の激痛には正直参っていた、笑。
だってほんまに、めっちゃ痛いねんな~~、笑。
でも、またこうして寛解突入出来たことで、また次の夢が出来ちゃったよ~~^^

2016年8月17日~10月25日まで
UpperMustang & Upper Dolpo & Low Dolpo を58日間歩き続けた。
平面上の地図では500kmを超えて、高低差入れたら何キロになるのだろうか?!
平均高度4000mラインに村が点在し、5000m以上の峠は11本超えて、4000m以上の峠は数え切れない。
今回の最高到達地点は国境の山・6028m、山頂からチベット側と
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ネパール側を同時にみて、改めて慧海ルートを体感した。
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自分のやりたいことが出来て、やりきった充実感と共に、リウマチでも歩ける自信がまた更にアップして、10キロ近く体重が落ちて40代でも痩せれるんやーと思った、笑。
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痛みの中からの出発だったが、Dolpoのエネルギーをふんだんに受けて歩き通す事が出来た。
カトマンズへ到着すぐから激痛の日々はあったものの、たった数ヶ月で寛解へと導かれた^^
次は、これを保ち、薬をやめるのが目標となり、またDolpoでやりたいこと見つけた。

この早さに先生もびっくり?!
今回全レントゲンチェックもしてもらっていて、びっくりされていた。
足首がこんなに変形しているのに、どうして山に登れるんだって?!^^!
手首がこんなに変形しているのに、どうして美容師が出来るんだって!?^^!
あなたみたいな人は、初めてだって^^!
勉強になるわって^^!
やったね~~、自分でも思っていたけど、先生に言われるとなんだが嬉しいなぁ!

この日記は、私の人体実験の記録であり、独り言。

4年ぶりのリウマチ日記となったが、これらをもっとわかりやすいようにまとめていきたいと思ってる。
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~Dolpo横断最終日58日目の朝日~

2017年4月13日 稲葉 香 
by talkeetna6194 | 2017-04-14 01:52 | リウマチ日記

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