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第14回新日本ヒマラヤ会議!  終了!

2017年3月5日  東京都北区王子 北とぴあ にて

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終わった瞬間の感想をFBより、コピペ!

3月5日

ふぁー終わったーー!!!
自分にお疲れ、笑!
我ながらこの数週間まともに寝ずにやってきた、店にも泊まり込みでやってきた日々もあったし、千早で屋内ビバーグで頑張った時もあった~。
納得いくまでやりたくて、全然終わりがないと気付いた、だから前日までやることになり、まだ100%ではない、だからまだ続くんだけど、、それだけ、今回は自分の中でほんとに意味のある事だった、なんせほんまに体はって行ってきたから、ドクターストップを蹴飛ばしていったから、笑。
終わってから皆さんが声をかけてくれた。
めっちゃ頑張ったかいがあった!
感謝です!
ほんとにありがとうございました!
大西バラサーブの昔の話をいっぱい聞かせて頂いて、(涙)(涙)やった。
改めて偉大さを実感し、
改めていない寂しさもあったけど、
世界のバラサーブは、やっぱり凄かった。
私が出逢えた事は奇跡です。
愛してやまないDolpo
まだやりたいDolpo がある!
どうにかまた行ける手段を考えるしかない! 
行けば行くほど深くなっていく。
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会場は、経験豊富な方、マニアックな方ばかりで・・・・、しかも関東・・・、雰囲気的に関西のノリではあかん、どないしょー、これ、、って思った、笑。
でも、一緒に遠征行ったBちゃんが弾丸で来てくれていたから救われた!
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始まったら、あれよあれよと喋ってたね、笑。
この資料を作るにあたって、ほんとに寝てなかったから、本番は風邪ひいてしまって鼻声&耳が詰まって、、人の話がよく聞こえん状況だったけど、なんとか乗り切れた。
でも、実は、まだ完全に納得行く資料ではなくて、後からどんどん思い出す、後からどんどん気になるところ出てきて、調べたいし、資料ないし、行き着いたところでは、、やっぱバラサーブおらんし・・・、なるんだよ、、、そして、一人言、なんでおらんねん、、ほんまに早く逝き過ぎや、本出す言うてたやん!!ってなる、笑
でも、今回声をかけて頂いたIさんには、ほんとにお世話になりました。
山の同程などなど、自分で出来るようになりたいです、勉強になりました!!!

一つだけ、ミスったのは、スピーカー持参で行けばよかったなー、もっと音を後ろからガツーーンと鳴らしたかったんですよ。
スライドショーで、Dolpoの世界に飛んでいってもらう為に作っていたんで^^
これからは、そうしよう、これまた勉強!
一回、自分の写真を映画館とかのデッカいスクリーンで見たいな~~なんて思うこの頃。。。
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さまざまな分野で活動されている講師の方々の情熱もガッツリ感じで、刺激になりました。
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そして、打ち上げがほとんどの方が参加されて、皆さん楽しいそうーなんです。
マニアック系?のHimalaya好きが集まってそうで、色々聞いてみたかったですね。
そして、終わった後に沢山の方に声をかけて頂いてめっちゃ嬉しかったです、ほんとにほんと!!
リウマチの方もいらっしゃって、ビックリした、ブログをめっちゃ読んでいてくれてほんとに嬉しかった!
この場を借りて、皆様、本当にありがとうございました!!

バラサーブの親友?悪友?の方々からも色々聞かせて頂き楽しかったです!
バラサーブがやってきた事を教えて頂き、改めて生き様!を感じました。
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バラサーブが携わっていたHimalayaに特化した大舞台に声をかけて頂いて、ほんとに感謝です!
ありがとうございました!!

寝ないで作った報告書から、チラッとアップ!

===== Mustang&Dolpo Exp.2016 Himalko Keti 登山隊 =====

山域 : Nepal Upper Mustang & Upper Dolpo & Low Dolpo
期間 : 2016年8月17日~10月24日
メンバー : 隊長 稲葉香 隊員 伴久美子 清水玲子(Upper Mustangのみ)
ガイド : Agam baniya キッチンポーター : Laxman baniya
ポーター : Sadip Gurung 馬方 : Mim thakali 馬 : 4頭

* 目的
・河口慧海の足跡を辿り、現代のトルボを探る。
・2016年は、慧海生誕150年、越境してから116年目になる。
・19世紀の探検家である慧海ルートを忠実に辿り先人の叡智に触れながら 21世紀の現代のトルボの魅力を探る。
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*思い
河口慧海ルートを追いかけ始めたのは最初は一人で始めたことだった。
2003年チベット・カイラス巡礼、2004年、ネパール側、ムクチナートまでのトレッキング、その 頃、アッパームスタンは、二人以上じゃないと許可が降りないとのことで、単独で行きたかった 私は渋った。
2007年、また行きたい思いが再発し、故・大西さんの後輩の方が偶然にも私のブログを読まれ ていてご縁を頂き連絡が取れるチャンスが春にやってきたと同時にお会いして、その流れで夏には 遠征に参加出来ることになった。慧海の越境ルートの再調査だった大西さんとの遠征は、今まで とは全く別世界、別の扉を開けたようで、Dolpoの土地勘が全くない私はただ着いて行くだけだっ た。前回は馬を使っていたので、今回は自分で感覚を掴みたい、体感したい思いで、全ルート歩き たい思いでメンバーを探した。
そして、2012年のDolpo遠征にも一緒に行ったBちゃんを誘った。Rちゃんも来てほしかったけど、仕事の関係で長期は無理でMustangのみとなった。
そして、個人的に故・大西さん、故・吉永さんへの追悼遠征でもあった。
帰国後知ったが、故・ 水谷さんが、私の遠征前に山の事故で亡くなられていた。出発前連絡していたから、まさかの出来事でショックすぎた、関西のDolpoの大御所様が続いて亡くなられて、寂しいのが現状である。

* 感想
予定していた9割が歩けて満足しているが、数カ所回りきれなかった村やゴンパがある。
でも日 数の関係上、これが精一杯だった。ほぼレストなし状況で毎日夕方まで歩き続けていた。
やりきっ た感と、終わった安心感、でも終わってしまった切なさが交差しながら58日目のゴールは全てに 感謝しかなかった。
Dolpoは、東西南北どこから入ろうとも5000mの峠を越えないと入れない、 そして平均4000m前後に村が点在し、Upper Dolpoには、3500m以下がない。
今回5000m以上の峠を越えたのは11本、4000m以上の 峠は数えきれはいほど越えた。
距離は平面の地図上で500km~は越えている。
いったい何キロ歩 いたのだろうか、帰国した今、まだまだ慧海ルートを掘り下げることが出来ると思った。
行けば 行くほど深く見えてくるのではないだろうか。
ここDolpoでは、通りすがりの旅人にはなりたくない、無理かもしれないけどそう思う場所なのだ。
Dolpoの道は、動物が歩けば道が出来る、地図にな いルートが沢山あった。
丁寧に山を見ていると何かしらのポイントがあったりする、そこに知恵 が詰まっているかのようだった。今回で4度目のDolpoで2007年にはほとんど見なかったトレッ カーが増えた。
確実ではないけど食料調達が出来るようになっていた。外国人が行きやすくなっ てトレッカーへの配慮を感じた。
しかしテント代が高くてびっくりするところも有ったり、寄付金なのに、当たり前のように徴収するような村もあった。
支援されている村、全くされていな村 もさまざまで切なささえ感じた。
それは前回と同様だ。
特にトルボ最西北の村・ポは、人口が少 ないからと政府からも見放され、隣の村からも全くなかった。でも、1958年西北ネパール探検隊 (故・川喜田二郎隊長)の時は人口30人、2009年は西北ネパール登山隊(故・大西保隊長)で参 加させて頂きMuguから横断した時は50人、今回の2016年は70人、なんと増えていた。
村人が団 結して協力しあっている姿には感銘を受けた。
今回は、出来るだけ村で調査をした。
見えてくるものが沢山あった、それはもっとまとめていきたいと思っている。
村の生活、状況、人、ここ数年で変貌していた。
私が見てきたのは、まだここたった10年しか知らない、Dolpoに携わってきた先人様達が続いて亡くなれて、、もっと深く聞きたいことあっても今はもう遅い・・・。
イギリスの仏教学者のディヴィット スネグローブ、映画・キャラバンに出演していたティンレ、バラサーブと同じ歳だったポン教のサムリンゴンパのラマさんも・・・、関西のDolpoの大御所様達までもが続いて旅立たれた、ほんとに大きく時代が変わったと感じた。
しかし、 ネパールの中でも奥地になるDolpoの人々、生活からは学びが多い。
環境が厳しいDolpoの生活、 自然と共存して生きている、大地のエネルギーと共に生きる事で、人間の真の姿を見せてくれる。
そんなDolpoに魅力されて、また行きたくなる。
そして私自身も人間が本来持っている身体の力が蘇り、強くなる、今回もダイレクトに自分の体で 人体実験した、なんせ出発前は、ドクターストップかかっていた、それを押し切っての出発だった。
明らかにスタート前と、ゴールとではリウマチの状況が異なる、この状況も書き留めていたいから、また別で書きたいと思う。
リウマチでも、山、ヒマラヤ、高度の高いところ、行けるんだってこと、自信もって言えるよ。
次は、Dolpoの冬、 越冬してみたい、冬の生活を見てみたい、また大きな夢が出来た。
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現代の慧海ルートは、今も尚、生きている。
100年の年月を超えて今、歩いた事に意味があるよ うに感じた。
しかし意味なんてなくてもいい、ただ私は歩きたかったのだ。
慧海と同じ持病を持 ち、どのように感じ、どんな体の変化があったのか、自分の体で感じてみたかった。
最後に今回 一緒に歩いたメンバー皆んなに感謝したい、特に相方のBちゃんには、私の思いを大切にしてくれ て、尊重してくれた。
それに会計も引き受けてくれて、私は地図や資料読む事に集中が出来た。
ほ んとにやりたい放題させてもらって凄い感謝してる。本当にありがとうと伝えたい。
そして、ここ まで出来たのも故・大西バラサーブのおかげです。
感謝の思いをこの遠征に変えて伝えたかった。
ツァカンゴンパでは光となって、シェー山や、クン・ラ、エメルンカン山頂、最後にゲバ・ラでイ ヌワシになって出てきてくれた。ずっと見守ってくれているかのようだった。ほんとにありがとう ございました。
大西さんの足元にもおよばないけど、情熱だけは受け継ぎたいと思っている。
2017年2月22日 稲葉 香
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そして、このブログを書き始めたのは、3月12日でなんとバラサーブの誕生日!
だから書きたくなった。
今は、どこにいるだろう・・・?!
by talkeetna6194 | 2017-03-13 03:00 | 写真

日常への旅


by talkeetna6194
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